11月18日、日本の皇室に招かれて訪問中だったブータン国王ご夫妻が、被災地である相馬市を訪れた。
相馬市での滞在はわずかに90分ではあったが、そこで示された足跡はとても大きかったと思う。
相馬市長の立谷氏によれば、訪問時間の前半を過ごされた桜丘小学校では、生徒たちの歌を聞いたあと、「あなたの心のなかにいる龍を鍛え育てよ」と子どもたちに告げたという。
その言葉は国王自身の信条でもあるらしいのだが、なんとも含蓄のある言葉だ。
さらに国王陛下ご夫妻は、立谷市長の案内で松川浦漁港、尾浜海水浴場など、津波で以前とは変貌してしまった場所を訪ね、市長の説明を受け、漁師たちの奥さん方を励まし、そしてお国から同道してこられた僧侶3人と共に祈りを捧げてくださった。
ありがたいことだ。
それにしても、ご夫妻の訪問について思うのは、こうした訪問が、最近の日本では用件とは思われていないだろうということだ。
何のためにお出でになったのか、というと、感謝し、励まし、祈るためだったとしか言いようがない。
むろん、感謝というのは、かつて海外青年協力隊員としてブータンを訪れ、その後もブータンに留まって農業指導などに尽力し、その地に没した西岡京治さんあってのことに違いない。
しかし現代の日本社会で、商売にも関係せず、約束があったわけでもないこのような用件が、はたして用件として通用しているだろうか。
都市にはすでになくなってしまった考え方のような気がする。
幸いにも、我々の東北地方にはまだそれが残っている。3時にはお茶に集まり、夜は夜でワケもなくお酒を飲み交わす。
彼らも本当は、感謝しあい、励ましあっているのではないか……。
また東北地方には、各地に隣組のような自治組織がいまだに残っている。
普段は面倒なことも多いものだが、それがイザとなれば「絆」として機能する。
「きづな」とは元々馬をつなぐ綱のことだから、普段は煩わしいのが当たり前なのだ。
これから仮設住宅には、未経験の冬がやってくる。
どうかお互い、感謝し、祈り、励まし、心のなかの龍を鍛えながら今年の寒い冬を乗り切っていただきたい。
きっと龍とは、自分でも知らなかった強い生命力のことだ。
作家・福聚寺住職 玄侑 宗久
[プロフィール] 玄侑 宗久(げんゆう そうきゅう)
1956年生まれ。三春町在住。作家・福聚寺住職。政府の東日本大震災復興構想会議委員。