人のしあわせ感のもとになる「結(ゆい)」を現代版にリメイク
持続可能なコミュニティの創造を目指しています
一般社団法人葛力創造舎(2012年2月設立)は、持続不可能と思われるような小規模集落でも、人々が幸せに暮らしていける仕組みを考え、実現させようと様々な取り組みをしている団体です。代表理事の下枝浩徳さんは、葛尾村で生まれ育ちました。故郷の復興に関わりながら村の人の生きがいや幸せに直結するような活動を模索していた時、今も色濃く残る「結(ゆい)」※の存在に気づいたそうです。連綿と続いてきた結に新しい息吹を吹き込みながら、次世代へと引き継がれる地域コミュニティの創造を目指す下枝さんを訪ねて、これまでの経緯と今温めている計画などについて伺いました。
※主に小さな集落や自治単位における共同作業の仕組みのこと。1人で行うには多大な費用と期間、労力が必要な田植えや稲刈りなど、生活の営みを維持していくための作業を、集落の住民総出で助け合い、協力し合う相互扶助の精神で成り立っている。別名もやい。無尽や消防団などは資金や災害対策の労役に限った結であるといえる。(一般社団法人葛力創造舎パンフレットより抜粋)
今も葛尾の人々に根付く「ありがとう」の連鎖
2016年6月12日、全村避難の指示が大部分で解除された福島県葛尾村は、阿武隈高原と呼ばれる中山間地にあります。震災前の人口は約1,500人。現在は、避難指解除後の転入者も含めて237人(2017年10月1日現在)が暮らしています。3.11以後、村営住宅に住みながら一般社団法人葛力創造舎(以下「葛力創造舎」)を立ち上げた下枝さんは、故郷の復興に携わりながらどこかしっくりこないものを感じていたそうです。「どうしても物事が東京の考え方で進んでしまうので、村の人達にとってはつきあわされ感が強かった。だから続かないし、住民の力を引き出すことにもつながっていかない。将来見込まれる村の人口は300人。どうすればいいか考えた時に、楽しいことなら続くはずだと思いました」。
下枝さんは改めて村の皆さんの話を聞いて回りました。すると、必ず出て来くるのが田植えや稲刈りの思い出話でした。「昔は、結ってのがあって、みんなで協力してやってたんだ…という話を何度も聞くんです。ただ、物事には光も影もあるからいいことばかりとは限りません。それでも楽しかったという人が圧倒的に多かった。仮設住宅や借り上げ住宅でのお母さんたちの暮らしぶりを見ても、作った野菜を届けに行ったり、いただいたりしていました。みんな笑顔なんですよ。その時、結がキーワードになると思いました」。
自身の実家の前の桜の木にも背中を押されたと言います。「5代前の先祖が、僕らのことを思って植えてくれたから春になるとお花見ができる。僕らは、そういう目に見えないものによって生かされているんですよね。わざわざ届けに行く野菜も同じです。その野菜には、お金に代えられない思いを乗せているんですよ。その思いが人をしあわせにするんです」。
新しい仕組みを作ってスタートさせるよりも、すでに葛尾の人に根付いている共同作業を通して「ありがとう」の連鎖を起こす結を復活させる方が分かりやすいし、きっと楽しいことが出来ると思ったという下枝さん。「足りないマンパワーには、震災以降の活動で培ってきた人脈とネットワークがあります。確かに経済も大事かもしれませんが、互いに助け合う仕組みがあればお金もそんなにかかりません。身の丈に合った地域づくりですよ。もっと深いところで言うと生き甲斐づくり。どこに住んでいようとも楽しく生きるには、どうすればいいかを考えることの方が重要だと思いました」。
「結」をリメイクしながら生きていく力を取り戻す
以後、下枝さんは新しい結の形を模索し始めます。「ポイントは、柔軟性です。昔の結は、地域の中で助け合う仕組みでした。交通事情が各段に良くなっている今は、30分あったら葛尾村から田村市まで楽々行けます。新しい結は広範囲に繋がれるので、結が増えれば地域間の人の交流、もののやりとりが活発になります」。新しい発想の下、葛力創造舎は結の下地となるような事業に取り組み始めます。例えば、須賀川すこやか農園とのコラボによるオリジナル日本酒の開発、古殿町のふるさと工房おざわふぁ~むと共に郷土食「凍み餅」作り、昨年度は双葉郡8町村で活躍する人々30人をまとめた冊子「双葉郡プレーヤーズインフォメーション」の制作・発行も手掛けました。昨年、村の避難指示が解除されると早速、点と点を結び始めました。「やはり土地がないと地域が成り立たないんですよ。ようやく生まれ育った村で活動できるようになったので、今春から田んぼを軸に村の人達が生きていく力を取り戻すプロジェクト『コメ作りからの新商品開発』を始動させました」。拠点になる田んぼは、葛尾村広谷地(ひろやじ)地区の農業者、松本邦久さんが協力してくださることになりました。田植えや稲刈りは、村の人はもちろん近隣の市町村、首都圏からも協力者を募り楽しいイベントとして実施しました。2017年5月下旬、葛尾村社会福祉協議会(以下「葛尾村社協」)の協力を得て開催した田植え交流会には、村の人はもちろん近隣の市町村から約40人が集まりました。秋の稲刈り交流会には村の人20人、県内外の大学生や浪江青年会議所のメンバーらも応援に駆けつけ総勢70人が集まりました。
顔の見える関係を大切に。葛力創造舎×葛尾村社協のコラボ企画
現在、天日干しにしてあるお米は脱穀した後、お試し商品としておせんべいを作ろうと考えているそうです。自分たちがつくったお米が商品になって、人を喜ばせるという一連の流れが見えてくれば、皆さんの生きがいになりますね。今回の稲刈りも葛尾村社協が全面的に協力しました。「葛力創造舎は、アイディアだったり、都会から人を連れてくることは得意なのですが、村の人とのつながりは葛尾村社協さんにはかないません」と下枝さん。互いの長所を生かしたコラボによって、葛尾村在住の方から仮設住宅に住んでいる方、仮設を出て近くの町に引っ越しされた方も誘い合って参加されていました。
「僕が今感じているのは、こういう機会があると村の人同士をつなげていけるってことです。ノウハウを積み上げていけば新しい結も夢じゃない」。継続していくためにも顔の見える関係を大切にしていきたいと言う下枝さん。「なぜ?」と尋ねると、楽しみというより、個々に声をかけてお願いをする方が役目も明確になり、参加したい気持ちを後押しするからと話してくださいました。「農業の先生とか、お昼ご飯を作るとか、それぞれにミッションがある方が参加しやすいでしょう。それから無償ではなく、お礼として葛力創造舎オリジナルのお酒を差し上げるなど、感謝の気持ちを乗せたやりとりがあるとより昔の結に近くなります」。活動資金を求めて下枝さんは、葛尾村社協で助成金申請などの相談にのってもらうこともあるそうです。
来年も続けるんであれば手伝いに来たいなあ
ところで、来年の事を言うと鬼が笑うと言いますが、下枝さんの頭はすでに来年のことで一杯。2年目は、収穫した米で日本酒をつくりたいと考えているそうです。「田植え稲刈りも全部手作業ですからね。葛尾村の人と葛尾村を思う人の気持ちがこもった米には神が宿っていると思うんです。その米でお酒をつくって、お祝いの日などに使ってもらえるようにしたいと思っています」。田植えと稲刈りについては、さらにイベント色を濃くして、お田植祭や刈穂祭のような時間を設けてみんなで豊作を祈り、実りに感謝するという計画も温めています。見えないものの価値を忘れてしまっている時代だからこそ、見えないものを信じる力を大切にしたいと下枝さん。「帰還されている方、これから帰村される方、近隣に移住された方、皆さんの生きがいになるような活動を考え、いつもみんなが笑顔でいられるような地域にしていきたいと思っています」。
稲刈りの日、三春町の仮設住宅に住んでいるという男性は、「こんなにたくさんの人が集まって稲刈りをするなんて久しぶり。楽しかった。結を思い出したよ。昔はなぁ、こうやってみんなで集まって稲刈りしたんだ」と話していました。はせがけも終った清々しい田んぼを眺めながら「来年も続けるんであれば手伝いにきたいなあ」と、男性は下枝さんと同じくすでに来年の稲刈りに思いをはせていました。
■連絡先■
一般社団法人葛力創造舎(本部)福島県双葉郡葛尾村大字落合字夏湯134
(郡山事務所)福島県郡山市富久山町八山田前林10-4 光商事ビル
TEL0240-23-6820 Mobile 090-5230-8914
代表理事 下枝浩徳
E-mail edac000@gmail.com
http://katsuryoku-s.com
■取材を終えて■
人が集まると熱を持つといいますが稲刈りの日、邦久さんの田んぼと広谷地集会所は、収穫の喜びにあふれていました。参加者の食欲と熱気が次のしあわせを呼んでくることが容易に想像できました。同じ日の午後、葛尾村の日山神社では、秋季祭礼で毎年奉納していたという「葛尾の三匹獅子舞」が7年ぶりに集会所前の広場で披露されました。実りの季節を迎えた里山に響きわたる太鼓と笛の音…。村人の安全と流行病の退散を祈って江戸時代から受け継がれてきた獅子舞を眺めながら「見えないものを信じる力」と「生かされている自分」をかみしめました。
(井来子)