きっかけは、福祉作業所の仕事起こし
2014年4月、NPO法人として新しい地平に立った「南相馬ファクトリー」は、復興支援プロジェクト「つながり∞(むげん)ふくしま」をきっかけに生まれた団体です。発災直後、南相馬市では人口約7万人のうち約6万人が避難しました。残された約1万人は、老人や障がい者とその家族だったと言われています。原発から20㌔圏内が「警戒区域」となり、30㌔圏内は、緊急時は避難しなくてはならない「緊急時避難準備区域」となりました。(※その後、見直しが行われ、現在の制限は2012年3月30日付で再編された原町区の一部と小高区の「居住制限区域」のみとなっています)
慣れない避難生活は、障がいの有無に関わらず心労が多く、耐え切れずに戻ってきた自宅での暮らしにも限界を感じ始めた頃、南相馬市内の福祉作業所では再開の準備が始まりました。「スタッフが足りなくて大変なところもありましたが、JDF(日本障害フォーラム)被災地障がい者支援センターふくしまの協力を得てボランティアの方が全国から南相馬市に入り再開を支えました」と語るのは、特定非営利法人南相馬ファクトリーの代表、佐藤定広さんです。
佐藤さんが所長を務める「自立研修所えんどう豆」(以下、えんどう豆)は、2011年6月に再開しました。「しかし、再開できてもまったく仕事がない状態でした」。
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▲会議の様子 | ▲特定非営利法人南相馬ファクトリー代表・自立研修所えんどう豆 所長 佐藤定広さん |
そうだ!復興カンバッジを作ろう!!
震災前のえんどう豆の一日には、のどかで充実した生活のリズムがありました。「午前中は、畑に出て野菜を収穫して社協さんで販売。午後は、機織りなどをしていまいした。自然との関わりからいただくものを大事にしようというコンセプトで、種を蒔いて藍を育てて染めたり、綿を植えて糸を紡いだり・・・。時代と全く逆の方向を向いていましたが、全てがいい感じで流れていました。それが原発事故後は、畑にも出かけられなくなってしまいました」。何かできることはないか? 佐藤さんも毎日考え続けたそうです。
時を同じくして復興支援プロジェクトで話し合いが行われ、地震と津波、原発事故で壊滅的な状況に陥っていた浜通りの福祉作業所に仕事をつくり、工賃収入を安定させようという企画が動き出しました。「復興カンバッジ」づくりです。バッジの製造、販売を行う工房として南相馬市内の福祉作業所「あさがお」「えんどう豆」「ほっと悠」「ポニーハウス」「身友会」「ビーンズ」「ひばり就労支援作業所」と楢葉町の「ふたばの里」が手をつなぎ「南相馬ファクトリー」が生まれました。
それぞれの持てる力を発揮してカンバッジづくり
バッジづくりは、2011年8月から始まりました。イラストを描く人、印刷した紙を丸く切り抜く人、マシンでプレスする人、包装する人、各作業所の利用者がそれぞれに得意な分野で持てる力を発揮しながら作り始めました。
「みんな仕事が早くて正確。プレスを担当している男性は、今でも1日80個くらいのペースで作っています」。
バッジには、原発事故に見舞われた福島からのメッセージとしてひまわりの種も添えました。HPにオンラインショップも開設。福島の声を伝えるために展示パネルを作り、ブログも始め、さらに購入された方へのお礼とお知らせを兼ねたフリーペーパー「南相馬ファクトリー通信」も製作。こちらは、現在7号を数えるまでになりました。
「バッジだけでなくインターネットや紙媒体で情報を発信したことでつながりが深く強くなり、支援の輪もどんどん広がりっていったように思います」。
長崎で復興カンバッジを見た歯科医師の方からイベント用にと3,000個もの注文が入っただけでなく、訪問歯科のノウハウを持って被災者の口腔支援に南相馬に入ってくださったり、NY在住の日本人会の皆さんが国連学校でカンバッジを販売してくださったり、ほかにも長野、山形と、南相馬ファクトリーを拠点にした支援の輪は、全国に縦横無尽に広がって行きました。
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▲得意分野を生かしてカンバッジづくり。写真は、自立研修所えんどう豆の皆さん |
福島のために協力し合うことがいつの間に
自分達の地域の絆も深くしている
2012年も夢中で駆け抜け迎えた2013年。カンバッジを作りながら見えてきたことを佐藤さんに伺うと「もちろん目的は福島の支援なのですが、協力し合うことで応援してくださっている方々それぞれの地域のつながりも強くなっているように感じます。カンバッジに添えてあるひまわりも大事に育てて収穫した種を届けてくださったり・・・福島のために協力し合うことがいつの間に自分達の地域の絆も深くしている。自分たちの中に優しさやつながりを育むきっかけになっている。もしかしたら今はまだ実感していないかもしれませんが、何かあっあときに実は自分達の中にすごい絆が生まれていたことに気づくんじゃないでしょうか。そんなふうに思います」と話してくださいました。その一方で同年秋頃から佐藤さんは、これまでの2年間の活動に対して見直しが必要になってきているように感じることが増えたといいます。
「一つに“SOS!工賃収入がない!という事態を乗り越える”という南相馬ファクトリー最大の目標がほぼ達成され出してきたことがあります。うれしいと同時に、震災前から作業所が取り組んできた生活支援などの直接的な障がい者福祉と、“福島を忘れないでほしい”という祈りを込めたカンバッジづくりをどう共存させていくかという新たな課題が浮上してきました」。
よりよい解決策として佐藤さんたちが目指したのが南相馬ファクトリーをNPO法人にすることでした。
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2014年4月NPO法人としてリスタート!!
震災から丸3年が経過した2014年3月、南相馬ファクトリーは、晴れてNPO法人として再スタートしました。もちろん福祉作業所の役目もそれぞれに果たしています。現在の作業所の様子は、「南相馬ファクトリー通信」(2014年5月)7号で知ることができます。
刷新された主な事業に標準カンバッジのリニューアル、Tシャツやエコバッグなど新商品を開発などがあります。さらに震災や福祉、社会の課題について考える出張講演活動など、様々な仕組みとアイディアで仕事を作り、全国とふくしまを結ぶ拠点として活動を開始しました。
最後にうれしいニュース!「二度とこの悲しみを繰り返さない」という願いを込めながら作り続けてきたカンバッジの出荷数が、2014年3月で50万個を超えました。それぞれのペースに合わせて出きる仕事を楽しく続けた結果の途方もない数字。利用者の皆さんと支えた続けたスタッフ、国内外のボランティアの皆さんの力ってすごいですね。
南相馬ファクトリーは「仕事起こし」と「福島の情報発信」を両輪に役割が尽きるまで活動し続けるとのこと。さらに強く、深く、輪が広がっていきますように。
南相馬ファクトリー通信(2014年5月)7号より 問い合せ先 特定非営利法人南相馬ファクトリー TEL&FAX0244-23-4177 |
●取材を終えて●
お話を伺うほどにカンバッジ事業を支える福祉作業所の利用者、スタッフ、国内外に広がったボランティアの皆さんのひたむきさが心に染みました。カンバッジ企画が大きく広がった背景に「絵が得意な利用者さんが描く作品に力があったこと。デザインの力も多分にあったと思います」と佐藤さん(えんどう豆・所長)。「障がいを持っている人は、人の痛みが分かります。障がいを持っていても幸せに生きられることも教えてくれます」という言葉も印象に残りました。ぜひ、南相馬ファクトリーの事業を通して皆さんが持っている「幸せに生きる方法」もどんどん発信してください。
(kamon)
団体名 | 特定非営利活動法人 南相馬ファクトリー | ||||||||
代表者 | 佐藤 定広 | ||||||||
設立時期 | 2014年3月5日認証 | ||||||||
スタッフ | 常勤3名・非常勤1名 | ||||||||
主な資金源 | 自主事業・助成金・寄附・会費 | ||||||||
所在地 | 〒975-0032 福島県南相馬市原町区桜井町1丁目278 | ||||||||
TEL | 0244-23-4550 | FAX | 0244-23-4550 | ||||||
URL | http://www.minamisoma-factory.com/about-us/index.html | ||||||||
info@minamisoma-factory.com | |||||||||
■県内外からの支援活動についての問い合わせや相談について | |||||||||
・各地での製品の販売、南相馬から全国へ元気を発信するプロジェクト「ふくのしま展」の開催に興味のある方は、ぜひお問い合わせください。HPでもご案内しております。 ・南相馬ファクトリーを構成している6つの福祉作業所を訪問してのボランティアは個別に問い合せ願います。 |
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■現在、共に活動しているNPO法人、市民活動団体等 | |||||||||
・NPO法人さぽーとセンターぴあ 自立研修所 えんどう豆 TEL&FAX0244-23-4177 | |||||||||
・特定非営利法人はらまちひばり ひばりワークセンター TEL&FAX0244-24-4123 | |||||||||
・自立研修所ビーンズ TEL&FAX0244-46-5834 | |||||||||
・特定非営利法人あさがお TEL&FAX 0244-46-2527 | |||||||||
・NPO法人ほっと悠 TEL&FAX0244-24-5557 | |||||||||
・ふたばの里 TEL&FAX0246-38-6777 |