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公益財団法人 福島県老人クラブ連合会

老人クラブのネットワークは
つくるというより、最初からそこにある感じ。
これって「地域最強のつながり」かもしれません。


地域における高齢者自らの生きがいを高め、健康づくりを進めるボランティア活動をはじめとした地域をゆたかにする活動を展開している老人クラブ。東日本大震災、原発事故以降の主な活動について、福島県老人クラブ連合会の事務局長を務める齋藤千恵子さん、飯舘村社会福祉協議会で老人クラブの事務局を担当している齋藤香織さんに話を聞きました。


▲西郷村老人クラブ連合会 花部会では、「うつくしま花のあるまち ゴミのないまち」のキャッチフレーズのもと美化活動を展開。会員みんなが協力しあい、ベコニア、マリーゴールドなどを育成、まちなかに花プランターを設置し、水やり、肥料入れなども行いました。
 

■ 福島県の老人クラブって、いつからあるんですか?

齋藤千恵子さん
老人クラブが誕生する前から、地域のあちこちで高齢者の自発的な集まりはたくさんありました。それらを統合するかたちで、福島県老人クラブ連合会が設立されたのは、1961年(昭和36)のことです。令和元年で活動59年目となります。

■ 長い歴史があるんですね。

齋藤千恵子さん
老人クラブは地域でさまざまな形をたどりながら、時代とともに育ち、地域に育てられてきました。福島県には現在59市町村すべてに老人クラブがあります。単位老人クラブの数は約1,700、会員数は83,660人を数えます(令和元年5月現在)。

■ ちなみに老人クラブは、何歳から入ることができるんですか?

齋藤千恵子さん
概ね60歳以上の方ならどなたでも加入できます。老人クラブごとに会則や活動目標、加入年齢などが定められており、地域に根差した活動を展開しています。ゲートボールやパークゴルフといった健康活動以外にも、地域の行事で子どもたちと触れあうような活動もたくさん行っていますよ。

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■ 皆さんとても元気で、老人というイメージからは程遠いですね。

齋藤千恵子さん
そうですね。そもそも老人クラブという言葉は、1963(昭和38)年にできた老人福祉法がきっかけです。この法律の中に「老人クラブ」という言葉が初めて盛り込まれ、国が地方公共団体を通して老人クラブに資金的な援助を後押しすることを定めています。この当時は60歳というと、身体的にも社会的にも「おじいちゃん」「おばあちゃん」でしたけど、今では60歳の方を老人とは呼べませんよね。

■ 震災のとき、福島県の老人クラブはどうされたんですか?

齋藤千恵子さん
とにかく大変でした。単位老人クラブの会長さんも会員がどこに避難したか分からないし、役場に聞いても(個人情報の規制もあって)教えてもらえず、大分苦労されたと聞いています。

■ 震災復興に向けた動きなども教えてください。

齋藤千恵子さん
震災後、老人クラブ連合会では、中通りと会津で応援募金という活動を行いました。全国の老人クラブからも応援金が寄せられ、これを被災地の老人クラブ再開のきっかけづくりに充てました。平成23年秋には「芸能発表大会」を磐梯熱海で開催し、被災地の会員(15市町村・約650人)をご招待しました。その帰りに、全国の老人クラブから寄せられた贈り物を皆さんに差し上げました。



▲平成23年に開催された芸能発表大会「フクシマ シルバー フェスティバル」。地元の伝統芸能を披露し、会場は大いに盛り上がりました。
 

■ 贈り物は何ですか?

齋藤千恵子さん
一つひとつ手縫いの袋で、私たちは「元気袋」という名前で呼んでいます。中にはタオルや石鹸といった日用品と一緒に応援メッセージが添えられていて…。全国の老人クラブとの絆と真心を感じる最高の贈り物でした。


▲全国の老人クラブから届いた「元気袋」。真心もたっぷり入っています。
 

■ 素敵なエピソードですね。

齋藤千恵子さん
自平成25年12月に開催された第42回全国老人クラブ大会(岩手県盛岡市)では、元気袋のお返しとして被災3県で「感謝袋」を分担して作りました。中には、応援してくださった皆さんに向けたありがとうのメッセージと寄せ書きを同封しました。福島県でも約600個の「感謝袋」を作って贈りました。


▲応援してくれた皆さんに送った「感謝袋」。寄せ書きには御礼の言葉が添えられます。




■ 震災から8年が過ぎ、飯舘村の老人クラブの数はどれくらいですか?

齋藤香織さん
飯舘村は、平成23年4月に東日本大震災に伴う原発事故により計画的避難区域に指定され、全村避難を余儀なくされました。現在、帰還率は2割ほど。人口は約1300人です。戻られた皆さんは高齢者が多い印象です。震災前は飯舘村の老人クラブ22団体だったのですが、現在は16団体(令和元年5月)。クラブの数は減ったものの、老人クラブへの期待はむしろ高まっていると思います。



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■ 震災復興を通して老人クラブの活動はどのように変わりましたか?

齋藤香織さん
飯舘村に限った話ではありませんが、避難先での仮設住宅などでも老人クラブの設立が認められましたので(避難先と地元クラブの二重登録も可)、これまでの行政区というつながりだけではなく、村民同士の絆が一層強くなったと感じています。

■ ここ数年の飯舘村老人クラブの活動を教えてください。

齋藤香織さん
震災の年の秋には県芸能発表大会への参加、その後、避難先の老人クラブとの交流、安否確認などを行いました。平成24年度には避難先の福島市飯野町のグラウンドを借りて、避難後初となる村民グラウンド・ゴルフ大会を開催しました。他にもパークゴルフ大会なども復活し、みんなで楽しんでいますよ!


▲震災後に復活した飯舘村老人クラブ連合会の村民グラウンド・ゴルフ大会のひとコマ。そこかしこに笑い声が響き、気持ちいい1日を過ごしました。
 

■ あらためて老人クラブの魅力とは何ですか?

齋藤香織さん
人のネットワークを作るときは、イチから組み立てないといけませんので、結構大変なのですが、老人クラブに関して言うとネットワークを新たに作る必要はなく、もともとそこにある感じ。これって「地域最強のつながり」かもしれません。ふだんの活動・交流がお互いの支えになっているのが一番の魅力だと思います。



▲飯舘村老人クラブ連合会による「団子さし」の様子。子どもたちは会員とふれあいながら、地元に受け継がれている伝統行事を楽しく学びました。
 

■ 老人クラブの今後の目標を教えてください。

齋藤香織さん
外での健康活動は充実しているのですが、今後はたとえばスポーツなどが苦手な方でも取り組めるような活動も盛り込んでいきたいと考えています。飯舘村では新しい老人クラブも立ち上がっており、会員の世代交代も進んでいます。地域のあらゆる世代との交流をもっと深めていきたいですね。また、健康活動と合わせて、一人暮らしや高齢者夫婦の見守りを兼ねた「友愛訪問」をこれまで以上に力を入れていきたいと思います。
さり気なく、気構えず、近所に行く感覚でこれからもお付き合いしていきたいですね。


── ありがとうございました。

 

連絡先

公益財団法人 福島県老人クラブ連合会
〒960-8141 福島県福島市渡利字七社宮111
(福島県総合社会福祉センター1F)

TEL 024-523-2131 FAX 024-524-1401
http://www.benrityo.or.jp

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