仮設住宅入居者支援のネットワークの始まり
テーマ | 他機関との連携 |
社協名 | 田村市社会福祉協議会 |
時 期 | 平成23年~平成26年 |
【背景】
- 田村市は、東京電力福島第一原発事故により市東部の都路地区が避難指示区域となり、873世帯2,621人が避難対象になった。
- 平成23年7月、「避難者の不便をできるだけ軽減するように」との市長の英断により、田村市の中心部に仮設住宅が建設され、都路地区住民172世帯662人が入居した。
同時に仮設住宅入居者に対する安否確認・見守り・相談などを目的に、田村市社協では3名の生活支援員を配置し避難者支援を開始した。
- 同時期、田村市が配置した「絆支援員」や総務省の事業による「田村市復興応援隊」も支援活動を開始した。さらに多くのボランティアなど多種多様な団体が支援に入り、それぞれが独自に支援活動をしていた。
- 仮設住宅入居者は、多くの支援(活動)に感謝しながらも、次々に訪れる支援者(団体)への対応に疲弊してしまうこともあった。
○10:00 絆支援員が訪問
○10:30 生活支援相談員が訪問
○14:00 市の保健師が訪問
○16:00 民生委員が訪問
【取組み概要】
- 訪問活動時に仮設住宅入居者から度重なる重複訪問に困惑しているとの相談を受けた田村市社協の生活支援相談員は、田村市に相談し、社協生活支援相談員と復興応援隊が中心となって現場サイドの具体的な調整を行うことになった。
- そして、平成25年7月からはより効果的な支援体制づくりを目的に「第1回田村市支援者連携ミーティング」(以下連携ミーティング)が、「田村市都市計画課(仮設住宅担当課)」「田村市協働まちづくり課」「田村市社会福祉課」「田村市都路行政局の保健師」「絆支援員」「田村市復興応援隊」そして「田村市社協生活支援相談員」7者の構成メンバーで開催され、仮設住宅入居者の情報共有と訪問日程調整が行われた。
月 | 火 | 水 | 木 | 金 | 土 | 日 | |
一週目 | 10:00 市社協生活支援相談員 |
11:00 絆支援員 |
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月 | 火 | 水 | 木 | 金 | |||
二週目 | 10:00 市社協生活支援相談員 |
14:00 市保健師 |
11:00 民生委員 |
- 連携ミーティングの参加者は、お互いの存在は知っていたものの、それぞれの活動内容を充分に把握していなかったことから、当初は戸惑いを感じる会議であった。
- 回を重ねるうちに訪問日程調整に留まらず、仮設住宅入居者の様子などの情報交換が活発に行われるようなった。
- 仮設住宅入居者の情報を共有していくうちに、お互いの支援活動の領域を超えて仮設住宅入居者全体の安全や安心につながる支援についても話し合われるようになり、それぞれの立場や経験を踏まえた意見やアイディアが出るようになった。
【工夫】
- 震災後に設立された機関が多かったことから、連携ミーティングでは各機関の発足の経緯や活動内容を説明し合いお互いを知ることから始めた。
- 各機関の得意分野、出来る事と出来ない事をはっきりさせ、お互いを認め合うことにも時間を割いた。
- 連携ミーティングの議事録を作成・配布することで仮設住宅における支援活動が重複したり停滞しないように努めた。
【効果】
- 月1回のペースで連携ミーティングが継続され、訪問日程がスムーズに調整されるようになると、重複訪問もなくなり、仮設住宅入居者は訪問対応のストレスが大幅に減った。
- 連携ミーティングでは行政からの情報が共有され、仮設住宅入居者へ統一した正確な情報が伝達され、仮設住宅入居者は情報が混乱する戸惑いからも解放された。
- 連携ミーティングの回数を重ねることで情報共有の量が増え、支援者間の信頼関係が構築された。
- それぞれの支援者単独の活動から連携ミーティングをとおして支援者同士の顔の見える関係がつくられ、やがて協働意識が芽生え、仮設住宅入居者が必要とする支援を適時適切に行うネットワークが動き出した。。
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エピソード : 「緊急時電話連絡網」
仮設住宅入居者の行方が分からなくなった時、連絡を受けた絆支援員は、すぐに連携ミーティングで独自に整備していた「緊急時電話連絡網」を使い連絡し、手分けして迅速に捜索が開始された。
その結果、早期に無事、行方不明者を見つけることができた。